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難病の原因となる未知の遺伝子疾患MIRAGE症候群を発見

先天性副腎低形成症だけでなく、骨髄異形成症候群などMIRAGE症候群に関連する難治性疾患の治療法開発に貢献

慶應義塾大学医学部小児科学教室の鳴海覚志特任助教(現・国立成育医療研究センター研究所分子内分泌研究部室長)、長谷川奉延教授、国立成育医療研究センター研究所分子内分泌研究部の勝又規行室長、深見真紀部長を中心とする研究グループは、先天性副腎低形成症を含む様々な全身症状を生じる未知の遺伝子疾患「MIRAGE(ミラージュ)症候群」を世界で初めて発見しました。先天性副腎低形成症、骨髄異形成症候群などのメカニズム解明へ向けた重要な知見と考えられます。

原論文情報

  • 論文名:SAMD9 mutations cause a novel multisystem disorder, MIRAGE syndrome, and are associated with loss of chromosome 7(Satoshi Narumi, Naoko Amano, Tomohiro Ishii, Noriyuki Katsumata, Koji Muroya, Masanori Adachi, Katsuaki Toyoshima, Yukichi Tanaka, Ryuji Fukuzawa, Kenichi Miyako, Saori Kinjo, Shouichi Ohga, Kenji Ihara, Hirosuke Inoue, Tadamune Kinjo, Toshiro Hara, Miyuki Kohno, Shiro Yamada, Hironaka Urano, Yosuke Kitagawa, Koji Tsugawa, Asumi Higa, Masakazu Miyawaki, Takahiro Okutani, Zenro Kizaki, Hiroyuki Hamada, Minako Kihara, Kentaro Shiga, Tetsuya Yamaguchi, Manabu Kenmochi, Hiroyuki Kitajima, Maki Fukami, Atsushi Shimizu, Jun Kudoh, Shinsuke Shibata, Hideyuki Okano, Noriko Miyake, Naomichi Matsumoto, Tomonobu Hasegawa)
  • 掲載雑誌: Nature Genetics

本プレスリリースのポイント

  • 国の指定難病、先天性副腎低形成症の原因を解明するため、次世代遺伝子解析装置などを用いた遺伝子解析研究を行いました。
  • 先天性副腎低形成症に加え、骨髄異形成症候群を含む様々な全身症状がみられ未知の疾患を発見し、病名をMIRAGE症候群と名づけました。
  • MIRAGE症候群の病態に関する知見は先天性副腎低形成症だけでなく、骨髄異形成症候群などMIRAGE症候群に関連する難治性疾患の治療法開発に役立てられることができます。

背景

先天性副腎低形成症とは、生まれつき副腎の形成が不十分であり、生命活動の維持に必須な副腎皮質ホルモンが欠乏する疾患です。(副腎とは、哺乳類などに存在する内分泌器の1つです。腎臓の傍に位置することから、この名があり、腎上体とも呼ばれます。)
先天性副腎低形成症になると、副腎の発生障害により、ミネラルコルチコイドであるアルドステロン、グルココルチコイドであるコルチゾール、 副腎アンドロゲンであるデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)とその硫酸塩であるデヒドロエピアンドロステロンサルフェート(DHEA-S)の分泌が、生体の必要量以下に低下した状態になってしまうため、これらのホルモンを補充をしないと重篤な状態に陥ることがあります。
発症時期は新生児期から幼小児期に多いものの、小児―思春期―青年期にかけて発症する遅発型も存在します。国指定の難病であり、本邦における患者数は約1,000人と推定されています。
これまで副腎細胞の発生や増殖に関わる遺伝子の異常が先天性副腎低形成症の原因となることが知られていましたが、約30%の患者は原因不明でした。

研究手法と成果

研究チームは、原因不明の先天性副腎低形成症の日本人患者24人のDNAを次世代遺伝子解析装置などで分析し、11人がSAMD9と呼ばれる遺伝子に異常を持つことをつきとめました。11人の臨床症状を詳しく調べたところ、先天性副腎低形成症(Adrenal hypoplasia)以外にも、造血異常(Myelodysplasia)、易感染性(Infection)、成長障害(Restriction of growth)、性腺症状(Genital phenotypes)、消化器症状(Enteropathy)が共通して認められました。生命予後は極めて不良であり、11人中7人が2歳までに亡くなっていました。また、小児では極めてまれな血液異常である骨髄異形成症候群が11人中2人でみられました。
このような症状の組み合わせをとる疾患はこれまでに報告がなく、研究チームはSAMD9遺伝子異常を原因とする新たな疾患として着目し、6つの主症状の頭文字にちなみ疾患名を「MIRAGE(ミラージュ)症候群」と提唱しています(図1)。医師が症状から連想しやすい疾患名をつけることにより、より確実に、より早期に、診断がつけられることを意図しています。
研究チームは、SAMD9遺伝子異常がMIRAGE症候群を起こすメカニズムを調べるため、培養細胞を用いた実験を行いました。MIRAGE症候群の主な症状が成長障害と臓器低形成であることから、SAMD9遺伝子異常が細胞増殖を抑える働きを持つのではないかと仮定し、培養細胞で正常なSAMD9遺伝子を人工的に働かせたところ、細胞増殖がわずかに遅くなりましたが、異常なSAMD9遺伝子を人工的に働かせると、細胞増殖が強力に抑えられることがわかりました。
その機構を明らかにするため、患者2人から採取した皮膚線維芽細胞を詳細に分析したところ、小胞によって細胞内へと取り込まれた様々な物質の選別・分解・再利用などを制御する細胞内の物質輸送機構のひとつであるエンドソーム系に異常があることがわかりました。正常なエンドソーム系は、細胞内で小胞を分配する初期エンドソームと、細胞内の小胞を分解に導く後期エンドソームの2種類から主に構成されます。研究チームは、患者細胞では後期エンドソームの特徴を持つ巨大化した小胞が細胞内に充満していることをつきとめました(図2)。
SAMD9遺伝子異常が後期エンドソームの形成過剰を引き起こし、その結果、細胞の状態が不良となっていることが明らかになりました。これと類似した細胞レベルの特徴を持つ疾患はこれまでなく、MIRAGE症候群は臨床的、遺伝学的に新しい疾患であるだけでなく、メカニズムの点でも新しい疾患であることがわかりました。
また、今回の研究を通じて見つけられたMIRAGE症候群患者11人のうち2人は、子どもでは極めて稀な血液疾患、骨髄異形成症候群(MDS)を発症していました。2人いずれにおいてもMDS骨髄細胞に7番染色体欠失(通常2本ある7番染色体のうち1本が失われる現象)が起きていました。研究チームはSAMD9遺伝子が7番染色体上に位置することに着目し、2人のMDS骨髄細胞のSAMD9遺伝子を調べたところ、遺伝子異常を示すシグナルが大幅に減少していることがわかりました。このことは、MDS骨髄細胞において2本ある7番染色体のうち異常SAMD9遺伝子が存在する染色体が欠失したことを示します。骨髄細胞から見ると、7番染色体の欠失により異常SAMD9遺伝子を除去したと言えます(図3)。
染色体異常はMDS、白血病に限らず様々な細胞の腫瘍化に関わりますが、近年、正常細胞集団内にも染色体異常細胞がごくわずかに存在することがわかってきています。染色体異常を生じた細胞の大部分は腫瘍化することなく死滅しますが、なんらかの理由で染色体異常細胞が正常細胞よりも増殖しやすくなると、生き残って次第に腫瘍を形成すると考えられます。
今回、MIRAGE症候群患者でみられた7番染色体欠失は、細胞増殖抑制作用を持つ異常SAMD9遺伝子を除去し、細胞増殖速度を高めましたが、その代償として、7番染色体上に位置する1,000個以上の遺伝子を失ったと推測されます。こうして失われた遺伝子の中にはMDSを防ぐ働きのものが複数存在することから、この欠失がMDS発症の引き金になったと考えられます。

今後の展望・コメント

MIRAGE症候群は多彩な全身症状を示す疾患であり、副腎細胞、骨髄細胞、消化器細胞、免疫細胞などでSAMD9分子が働いていることが推測されます。今後、SAMD9分子の働きを詳しく調べることにより、これらの臓器の疾患の新しい診断法、治療法の開発に役立てられると考えられます。
MIRAGE症候群ではSAMD9遺伝子異常が7番染色体欠失によるMDSに関わったと考えられますが、理論的には炎症、感染症、薬物作用といった非遺伝的因子も「染色体異常促進環境」になりえます。各腫瘍性疾患における「染色体異常促進環境」を明らかにすることにより、新しいタイプの腫瘍予防法、進行抑制法が開発されることが期待されます。

本件に関する取材連絡先

国立成育医療研究センター 企画戦略局 広報企画室

03-3416-0181(代表)

koho@ncchd.go.jp

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