妊娠中に子宮収縮抑制剤(塩酸リトドリン)を経静脈的に長期間使用すると 児が5歳になったときの喘息有症率が高いことを示唆
早産予防効果と児への影響などのリスクの双方を鑑みて使用方針を決定することが重要
国立成育医療研究センターアレルギー科の大矢幸弘医長、同産科の小川浩平医師らのグループは、切迫早産の治療として用いた妊婦の経静脈的な(点滴での)塩酸リトドリンの使用と出生児の5歳における喘息有症率との間には有意な関連があり、塩酸リトドリンを使用した群で発症リスクが高くなることを成育医療研究センター内のコホートデータを使用した解析で見いだしました。
さらに詳しく解析すると、累積使用量や使用日数が多い(20日以上)ケースでそのリスクが高くなっていました。
この研究成果は、2017年9月11日にイギリスの国際誌であるPediatric Allergy and Immunology誌より発表されました。
▸ 発表論文情報
- 著者:Kohei Ogawa, Satomi Tanaka, Yang Limin, Naoko Arata, Haruhiko Sago, Kiwako Yamamoto-Hanada, Masami Narita, Yukihiro Ohya.
- 題名:Beta-2 receptor agonist exposure in the uterus associated with subsequent risk of childhood asthma.
- 掲載誌:Pediatric Allergy and Immunology
プレスリリースのポイント
- 国立成育医療研究センターアレルギー科の大矢幸弘医長、同産科の小川浩平医師らのグループは、切迫早産の治療として用いた妊婦の経静脈的な(点滴での)塩酸リトドリンの使用と出生児の5歳における喘息有症率との間には有意な関連があり、塩酸リトドリンを使用した群で発症リスクが高くなることを成育医療研究センター内のコホートデータを使用した解析で見いだしました。さらに詳しく解析すると、累積使用量や使用日数が多い(20日以上)ケースでそのリスクが高くなっていました。
- 本研究における喘息の診断は質問紙票による症状に基づくものであり、実際の呼吸機能や気道過敏性の評価は行っていないため、その解釈には一定の注意が必要と考えられます。さらに、5歳の子どもの喘息は就学後に自然治癒することも多く、塩酸リトドリンが5歳以降どのように関連していくのかに関しても、さらなる長期間の追跡が必要であると考えています。
- この研究は疫学的に妊婦の静脈的リトドリン投与と児の喘息有症率とを検討したものです。本研究で示唆された結果は、生理的な機序の解明や他の集団でも同一の結果が得られるかどうかなど、今後の課題も残しています。塩酸リトドリンの長期使用に関しては、使用による早産予防効果と児への影響などのリスクの双方を鑑みて決定することが重要です。
背景・目的
日本における小児の喘息罹患率は半世紀ほど前から上昇しており小児の健康を考える上で重要な問題です。喘息の発症リスクを増やす要因として様々な因子がこれまで知られていて、例えば受動喫煙や大気汚染への曝露などの小児期の生活環境や性別・アレルギー素因などの個体因子が知られていますが、その他一部は妊娠中の母親の喫煙や抗生剤の使用など、胎児期の曝露も関わっているとされています(下図)。妊娠中の早産予防の目的で、β2刺激薬である塩酸リトドリンが子宮収縮抑制剤として使用されます。一方でβ2刺激薬はその気管支拡張作用のため気管支喘息に使用されます。そのうち吸入β2刺激薬の長期投与は一般の小児や成人で、気道過敏性の亢進による喘息の増悪を引き起こすことが知られています。塩酸リトドリンは胎盤通過性があることが知られているため、今回私たちは母体への投与が児の小児喘息有症率を増加させるかどうかについて検証しました。
研究手法と成果
研究は国立成育医療研究センターで行われた出生コホート研究データベース(成育コホート研究:主任研究者 大矢幸弘)を使用して行われました。2003年から2005年の妊娠女性を登録し、女性とその児を継続的に追跡調査しています。本データベースを用いることにより、妊娠中の薬剤曝露が小児期に与える影響を調査することが可能です。喘息発症は5歳時に質問紙を用いて評価しましたので、質問紙の回答が得られなかった症例などは除外して解析しました。対象となった1,158人を塩酸リトドリンの有無で二群に分け、その喘息有症率を比較しました。また、容量や投与期間による違いを検討するため、塩酸リトドリン使用群をさらに二群(長期投与群と短期投与群、または低累積投与群と高累積投与群)に分けて検討しました。
研究結果
- 妊娠中に経静脈的に塩酸リトドリンの投与を受けると、出生後児が5歳になったときの喘息有症率が高くなりました(図上)。この関係に影響を与えうる因子(分娩週数など)を補正してもその関連は有意であり、塩酸リトドリンを使用したケースでの調整オッズ比(発症しやすさ)は2.04でした。
- さらに詳しい解析では、妊娠中に投与された経静脈的な塩酸リトドリンの投与日数が多いケースで、喘息有症率が高くなることが分かりました。リトドリン使用なしのケースと比較すると、19日以内の投与を受けた群では喘息の有症率は有意な差を認めませんでしたが、20日以上の投与を受けた群では有意に(調整オッズ比:2.95)喘息の有症率は高くなっていました(図中)。
- 2)と同様に、累積投与量が多くなると、喘息有症率はより高くなることが分かりました。同様にリトドリン使用なしのケースと比較すると、塩酸リトドリンの累積使用量が少ないケース(1.6g未満)では喘息の有症率は有意な差を認めませんでしたが、塩酸リトドリンの累積使用量が多いケース(1.6g以上)では有意に(調整オッズ比:3.06)喘息の有症率は高くなっていました(図下)。
今後の展望
早産は新生児・乳幼児死亡の大きな要因となっているほか、神経発達異常のリスクも高く、早産を予防することは周産期治療において大きな課題です。塩酸リトドリンはこの早産を防ぐ治療薬として広く使用されています。この塩酸リトドリンについては、短期投与の有効性は示されている一方で長期投与の有効性については未だ示されていませんが、本邦においては長期投与を否定する研究報告は少ないことから、妊娠継続を目的とした長期投与は広く行われています。
このような背景のもと、本研究で示唆された児の5歳時の影響を踏まえると、塩酸リトドリンの長期間にわたる使用には注意が必要と思われます。しかし、本研究で示唆された塩酸リトドリンと児の喘息発症との関連性は、単施設からの初めての報告であることから、多施設でのさらなる検証が望まれます。
また、本研究における喘息の診断は質問紙票による症状に基づくものであり、実際の呼吸機能や気道過敏性の評価は行っていないため、その解釈には一定の注意が必要と考えられます。
さらに、5歳の子どもの喘息は就学後に自然治癒することも多く、塩酸リトドリンが5歳以降どのように関連していくのかに関しても、さらなる長期間の追跡が必要であると考えています。
本研究の結果を反映した臨床的な取り組みは、薬剤使用のベネフィットと、本研究結果を含む児へのリスクを鑑みた上で今後対応していくべき課題と考えられます。
※なお、この研究は疫学的に妊婦の静脈的リトドリン投与と児の喘息有症率とを検討したものです。本研究で示唆された結果は、生理的な機序の解明や他の集団でも同一の結果が得られるかどうかなど、今後の課題も残しています。塩酸リトドリンの長期使用に関しては、使用による早産予防効果と児への影響などのリスクの双方を鑑みて決定することが重要です。
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