子宮内膜の受精卵受け入れ準備に重要な遺伝子群を解明
子宮内膜症・不妊症・習慣性流産(不育症)などの原因解明への活用に期待
国立成育医療研究センター研究所・周産期病態研究部の研究チーム(秦健一郎、中林一彦ら)は順天堂大学医学部産婦人科学講座(加藤紀子、黒田恵司、竹田省ら)との共同研究を通じて、ヒト子宮内膜脱落膜化におけるエピゲノム動態の解明に成功し、エピゲノム変化に着目することで脱落膜化(子宮内膜が受精卵を受け入れるための準備)に特に重要であると予想される31個の遺伝子群を同定しました。取得したデータセットはThe Dryad Digital Repositoryで公開しました。発表論文情報
- 著者: Noriko Katoh, Keiji Kuroda, Junko Tomikawa, Hiroko Ogata-Kawata, Rie Ozaki, Asako Ochiai, Mari Kitade, Satoru Takeda, Kazuhiko Nakabayashi, Kenichiro Hata
- 論文名: Reciprocal changes of H3K27ac and H3K27me3 at the promoter regions of the critical genes for endometrial decidualization
- 掲載誌: Epigenomics
プレスリリースのポイント
- 子宮内膜は妊娠の成立・維持に必要不可欠な組織です。脱落膜化とは、子宮内膜が増殖・肥厚して受精卵の着床を許容する状態に変化することです。脱落膜化の不全は、不妊症・習慣性流産・子宮内膜症などに関与すると考えられています。子宮内膜症は、本来は子宮内にのみ存在する子宮内膜が、卵巣、腹膜などの子宮以外の場所で増殖・剥離を繰り返す疾患です。しかし、子宮内膜症を始めとする子宮内膜疾患を対象としたゲノムワイド関連解析で同定された疾患感受性SNPの多くの病態意義は不明でした。
- 今回、網羅的エピゲノム解析技術によりヒト子宮内膜間質細胞の脱落膜化における経時的エピゲノムプロファイルを従来の研究と比較して飛躍的に高精度に取得することに成功しました。さらに、その変化の特徴から、脱落膜化に特に重要であると予想される31個の遺伝子群を同定しました。脱落膜化マーカーであるPRL遺伝子・IGFBP1遺伝子のプロモーター領域では、脱落膜化に伴いH3K27アセチル化レベル上昇とH3K27トリメチル化レベル低下が同時に起こることに注目し、同様の発現変動・ヒストン修飾変動パターンを示す23個の遺伝子と、逆の変動パターンを示す8個の遺伝子をバイオインフォマティックス解析により抽出しました。同定した遺伝子群は脱落膜化に必須であることが最近報告された遺伝子(WNT4, ZBTB16, PROK1, GREB1など)を高頻度に含んでいました。我々が同定した合計31個の遺伝子群には新たな脱落膜化制御遺伝子が複数含まれている可能性が考えられます。
- 本研究で得た子宮内膜脱落膜化エピゲノムデータはそれらの機能解明の足掛かりとして極めて有用な情報です。今後は、同定した脱落膜化制御候補遺伝子群やそれらのエピゲノム制御候補因子群に対してsiRNAノックダウンなどの機能解析法を駆使し、新たな脱落膜化制御遺伝子群の同定を試みます。脱落膜化制御機構の理解を深めることで、子宮内膜症の新規治療法・治療薬開発のシーズ探索に貢献します。妊娠の成立・維持に関与する遺伝子の解明も期待されます。
背景・目的
子宮内膜は妊娠の成立と維持に必須な組織であり、その構造・機能は月経周期に伴い卵巣ステロイドホルモンに応答して変化します。それらは、子宮内膜が次の排卵に向けて増殖する時期(増殖期)、子宮内膜が成熟し受精卵を待ち受ける時期(分泌期)、子宮内膜が剥がれ落ち体外へ排出される時期(月経期)に分類されます。子宮内膜は主に腺上皮細胞と間質細胞から構成され、間質細胞から脱落膜への細胞分化が脱落膜化と呼ばれています。脱落膜化は、子宮が受精卵を受け入れるための準備段階であり、妊娠の成立後(すなわち受精卵の子宮内膜への着床後)は、長期に渡ってその状態が維持されます。このような増殖・分化(脱落膜化)・剥離のサイクルや、長期間の分化状態維持にはエピジェネティック制御機構が関与すると予想される一方で、国際ヒトエピゲノムプロジェクトにより多数の組織・細胞種における標準エピゲノム情報の取得・公開が進行する昨今においても脱落膜化細胞のエピゲノム情報は不十分でした。
我々は、脱落膜化過程におけるエピゲノム動態の解明を目指し、子宮内膜間質細胞と脱落膜化細胞のエピゲノムプロファイルを取得・解析しました。
研究手法と成果
ヒト子宮内膜から分離した未分化間質細胞と、cAMP・プロゲステロン添加培養により分化誘導した脱落膜化細胞(図1)を対象に、クロマチン免疫沈降シーケンス法でヒストン修飾プロファイルを取得し、比較解析しました。子宮内膜間質細胞の脱落膜化おいて発現が変動する遺伝子群が多数存在することは既に知られていました。今回はヒストン修飾のうち、活性クロマチン修飾であるH3K27アセチル化、抑制性クロマチン修飾であるH3K27トリメチル化の脱落膜化における変動パターンを全ゲノム領域について明らかにしました。脱落膜化マーカー遺伝子(間質細胞では発現抑制されており、脱落膜化に伴い高レベルで発現する遺伝子)として広く知られているPRL遺伝子・IGFBP1遺伝子のプロモーター領域では、脱落膜化に伴いH3K27アセチル化レベル上昇とH3K27トリメチル化低下が同時に起こることに注目し、同様の発現変動・ヒストン修飾変動パターンを示す23個の遺伝子と、逆の変動パターンを示す8個の遺伝子をバイオインフォマティックス解析により抽出しました(図2にそれらの一部を示しました)。興味深いことに、抽出した遺伝子群には、脱落膜化に必須な機能を担うことが報告されている遺伝子が4個(WNT4, ZBTB16, PROK1, GREB1)、発現低下が脱落膜化に重要であることが報告されている遺伝子が2個(CRABP2, PTHLH)含まれていました。
今後の展望
同定した遺伝子群の多くについては、それらの脱落膜化における正確な役割は現在のところ不明です。個々の遺伝子の機能を解析することで、脱落膜化制御機構の更なる解明、妊娠の成立・維持に関与する遺伝子の同定が期待されます。脱落膜化の不全は、子宮内膜症、不妊症、習慣性流産(不育症)などの原因に関与していると考えられています。本研究を更に推進することで、これらの疾患の原因解明に貢献することを目指します。共同研究者名および参加施設名
- 成育医療研究センター研究所・周産期病態研究部
加藤紀子、冨川順子、緒方広子、中林一彦、秦健一郎 - 順天堂大学医学部産婦人科学講座
加藤紀子、黒田恵司、尾崎理恵、落合阿沙子、北出真理、竹田省
▸ 用語解説
- 子宮内膜症:本来は子宮内にのみ存在する子宮内膜が、卵巣、腹膜などの子宮以外の場所で増殖、剥離を繰り返す疾患。生殖年齢層女性における子宮内膜症罹患率は10%程度と推定されている。疼痛(慢性骨盤痛,月経痛,性交痛など)と不妊を主要症状とする慢性・再発性の疾患であり、患者の日常生活に大きな影響を与える。
- エピゲノム:DNAの塩基配列を変えることなく遺伝子発現を変化させる仕組みをエピジェネティクス、エピジェネティック制御を担うゲノム化学修飾全体をエピゲノムと呼ぶ。その主要な化学修飾はDNAメチル化とヒストン修飾である。人体を構成する多種類の組織・細胞において基本的にゲノム配列は変化しないのに対し、各細胞種に固有なエピゲノム様式が遺伝子発現様式を規定する。
- 遺伝子プロモーター:遺伝子発現において転写(DNAを鋳型としたRNA合成)が開始される遺伝子の上流領域。基本転写因子群やRNAポリメラーゼが結合する。遺伝子発現のオンオフは遺伝子プロモーターのエピゲノム状態(活性化状態か不活性化状態か)に大きく依存する。
- ヒストン修飾:ヌクレオソームのヒストンコアはH2A,H2B, H3,H4の4種類のヒストンタンパク各2個から成る8量体である。ヒストン尾部はヌクレオソームの外側に位置し、リン酸化、アセチル化、メチル化などの化学修飾を受ける。ヒストン修飾様式によりクロマチン構造・機能が規定される。H3K27はヒストンH3タンパクのN末端から27番目のリジン残基を指し、このリジン残基はアセチル化あるいはメチル化修飾を受ける。H3K27アセチル化は遺伝子発現を活性化させ、H3K27トリメチル化は遺伝子発現を抑制することが知られている。
- クロマチン免疫沈降シーケンス法:クロマチン(DNA・タンパク複合体)をホルムアルデヒドで可逆的に架橋し、超音波処理などで断片化する。解析対象(特定のヒストン修飾または転写因子)に特異的な抗体を用いて、それらを含むクロマチン断片を免疫沈降する。回収したクロマチンを脱架橋し、タンパクを分解・除去することで得たDNAをライブラリー化し、次世代シーケンサーで配列決定する。得られたリードをリファレンスゲノム配列にマッピングすることでヒストン修飾部位(あるいは転写因子結合部位)の同定が可能となる。
共同研究者名および参加施設名
- 国立成育医療研究センター研究所・周産期病態研究部
- 加藤紀子、冨川順子、緒方広子、中林一彦、秦健一郎
- 順天堂大学医学部産婦人科学講座
- 加藤紀子、黒田恵司、尾崎理恵、落合阿沙子、北出真理、竹田省
- 本件に関する取材連絡先
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