保健介入の効果は、社会実装の質も含めた包括的な評価が重要 ~日本発の母子健康手帳を用いた、発展途上国での介入研究~
1つめは、母子健康手帳の社会実装(社会で広く使用されるようになること)が、妊産婦の保健サービスの継続利用[1]を改善するかどうかについてです。本研究では、まずアンゴラ共和国ベンゲラ州内の10の自治体において、母子健康手帳を利用するグループと従来の妊婦カード・ワクチンカード[2]を継続して利用するグループに無作為に分けました。その上で、何らかの母子保健サービスを利用するために保健医療施設を訪れた妊産婦11,006人を産後約6ヶ月まで追跡し、母子健康手帳による保健サービスの継続利用への効果を検証しました。
その結果、妊産婦の保健サービスを継続利用した人の割合は、母子健康手帳を利用した妊産婦の30%、従来の妊婦カード・ワクチンカードを利用した妊産婦の41%となり、統計的に明らかな差はありませんでした。しかし、その背景には適切な水準で母子健康手帳が社会実装されていないことがあるのではないかと考えられます。
母子健康手帳を利用したか、従来の妊婦カード・ワクチンカードを利用したかに関わらず、保健サービスの利用のされ方は都市部、農村部ごとによく似たパターンを示していて、明らかな変化が得られませんでした。また、農村部の自治体では都市部の自治体と比較し、保健サービスを継続的に利用している割合が低く、特に施設分娩(病院や診療所などの医療機関で分娩を行うこと)の割合が低いことが、その後の継続利用のボトルネックになっていることがわかりました(図1)。一方で、母子健康手帳は少なくとも1回の産前検診の受診を増やすことがわかりました。母子健康手帳は従来の妊婦カード・ワクチンカードと比較してイラストなどが豊富で、妊産婦の関心が高かった結果であると考えられます。
[1] 継続利用:①産前検診の受診(初回受診のタイミングによって回数が異なり、1~4回の受診で達成される)、②施設分娩、③母の産後検診、④赤ちゃんの産後検診、⑤産後3ヶ月までのワクチンのための2回の受診。この全てが達成されること、と定義しました。
[2] 妊婦カード・ワクチンカード:産前健診の受診や、子どものワクチン接種などを記録するためのシンプルなカード。母子健康手帳のように妊娠中から幼児期までを継続してカバーしておらず、教育コンテンツを含んでいません。
【図1:各自治体での保健サービス継続利用率】
2つめの研究は、母子健康手帳がどのように社会実装されたのかを評価する研究です。母子健康手帳を導入したアンゴラ共和国の89の保健医療施設を対象に、管理や使用状況など、14の指標を用いて多面的に評価しました。その結果、事前に現地専門家と研究チームで定めた目標水準(14項目中9項目)を達成した保健医療施設は56.8%にとどまり、約半数の施設では目標とされた水準を達成していませんでした(図2)。
母子健康手帳は、「配布」「トレーニングへの参加」「在庫切れを起こさないための在庫管理」「母子健康手帳を用いた母親学級の開催」など、実施することとして定めている項目については多くの施設で行われていたものの、「妊産婦に配布した母子手帳を保存しておくように指導する」「出生児体重を記入する」「豊富な内容で母親学級を実施する」など、高い質で実施することとしている項目については実施が難しかったことがわかりました。調査対象施設で働いている医療従事者のうち、調査に回答したほとんどの医療従事者が、母子健康手帳の利用の負担が高いと答えていて、継続的に運用していくにあたっての課題も明らかになりました。
また、医療従事者に合計155回のインタービューを行ったところ、母子健康手帳を実装することに関する様々な課題が明らかになりました。具体的には、「母子健康手帳を使う難しさ」「医療施設での不十分なマネージメントや指導」「医療施設の業務環境上の課題」「妊産婦が保健サービスを積極的に受けようと思うことへの課題」が挙げられます。
適切に社会実装をするためには、医療従事者への十分なトレーニング機会を提供することや、運用開始後にも指導を受ける機会を設けること、妊産婦やコミュニティに対して働きかけをしていくことなどが重要であることが示唆されました。
これらの研究成果は、Journal of Global Health、BMC Health Services Researchに掲載されました。
プレスリリースのポイント
- アンゴラ共和国において母子健康手帳により産前健診を受ける妊婦を増やす効果があることは示唆されましたが、妊産婦の保健サービスの継続利用に対する明らかな効果は、本研究からは認められませんでした。
- 母子健康手帳が保健医療施設でどのように実装されたのかを調査したところ、約半数の保健医療施設で適切な水準で母子健康手帳を実装できていませんでした。
- 発展途上国の保健医療施設には、さまざまな保健サービスが導入されています。それらがどのように社会実装されているのか(すなわち、適切に、質を担保して提供できているのか)は、その効果に大きな影響を与えていますが、十分に評価をされてきませんでした。
- 今後、保健介入の評価を行っていく場合には、社会実装の点からも評価を行い、質や持続可能性について検討していくことが欠かせないことを明らかにしました。
- 本研究はJICAが2017年から実施した「母子健康手帳を通じた母子保健サービス向上プロジェクト」の一環として、2019年から2020年にかけて、アンゴラ共和国ベンゲラ州で実施されました。(JICAのウェブサイト)
発表論文情報
題名: Effectiveness of the Maternal and Child Health Handbook for improving Continuum of Care and other Maternal and Child Health indicators: a cluster randomised controlled trial in Angola
著者名:Olukunmi Omobolanle Balogun1, Ai Aoki1, Caroline Kaori Tomo1,Keiji Mochida2,3, Sachi Fukushima2, Masashi Mikami4, Toru Sadamori5,Michiru Kuramata5, Ketha Rubuz Francisco6, Helga Reis Freitas6, Pedro Sapalalo7,Lino Tchicondingosse7, Rintaro Mori8, Hirotsugu Aiga9, Kenji Takehara1
掲載誌:Journal of Global Health
掲載日:2023年2月3日
DOI:https://doi.org/10.7189/jogh.13.04022
題名: The RE‑AIM framework‑based evaluation of the implementation of the Maternal and Child Health Handbook program in Angola: a mixed methods study
著者名:Ai Aoki1, Keiji Mochida2,3, Michiru Kuramata5, Toru Sadamori5,Aliza K C Bhandari1,10, Helga Reis Freitas6, João Domingos da Cunha6,Ketha Rubuz Francisco6, Pedro Sapalalo7, Lino Tchicondingosse7,Olukunmi Omobolanle Balogun1, Hirotsugu Aiga9,11 and Kenji Takehara1
掲載誌:BMC Health Services Research
掲載日:2022年8月22日
DOI:https://doi.org/10.1186/s12913-022-08454-9
所属
1) 国立成育医療研究センター研究所政策科学研究部
2) TA Networking Corp.
3) 琉球大学大学院保健学研究科
4) 国立成育医療研究センター研究所臨床研究センター
5) Samauma Consulting LLC.
6) National Directorate of Public Health, Ministry of Health (Angola)
7) Domus Custodius (SU) Lda. Tchikos Agency (Angola)
8) 京都大学大学院医学研究科
9) 国際協力機構人間開発部
10) 聖路加国際大学公衆衛生大学院
11) 長崎大学大学院熱帯医学・グローバルヘルス研究科
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