インプリンティング疾患の発症に対する 「生殖補助医療」と「母親の高齢化」の影響を解明 ~疾患の発症機序やリスク因子ごとに評価した世界初の成果~
インプリンティング疾患とは、遺伝子の発現を制御するマーキングの異常によって引き起こされる希少疾患で、舌が大きい、巨体などの症状があるベックウィズ・ヴィーデマン症候群(新生児1万3700人に1人の割合で発症)など8つの疾患があります。
本研究では、日本産婦人科学のデータベースを用いて、一般集団とインプリンティング疾患における生殖補助医療の頻度および、母親の年齢を比較しました。
その結果、「30歳以上の母親における生殖補助医療」は、エピ変異(遺伝子発現のマーキングの異常)によるインプリンティング疾患(epimutation-mediated imprinting disorders (epi-IDs))発症のリスク因子になることを明らかにしました(グラフ1)。
また、「母親の高齢化」は、片親性ダイソミー(一つの染色体が片親のみから受け継がれる染色体異常)によるインプリンティング疾患(uniparental disomy-mediated imprinting disorders (UPD-IDs))発症のリスク因子となる事も明らかにしました(グラフ2)。
本研究は、インプリンティング疾患の発症に対する生殖補助医療および、母親の年齢の正確な影響を明らかにした世界最大規模の横断的研究で、国際的な学術誌「Clinical Epigenetics」に掲載されました。
注意:インプリンティング疾患は希少疾患であり、新生児に対する発症頻度も低いため、本研究成果により生殖補助医療を控えた方がいいなどの過度な心配は必要ないと考えられます。
[1] 生殖補助医療:本研究では、日本産婦人科学会のデータベースの定義に則り、体外受精(In vitro fertilization (IVF))、 顕微授精 (Intracytoplasmic sperm injection (ICSI))、 凍結胚移植 (Frozen embryo transfer (FET)) をARTと定義し、調節卵巣刺激 (Controlled ovarian stimulation (COS)) のみの症例は除外しました。
【グラフ1:"epi-IDs""UPD-IDs"における、生殖補助医療の影響】
【グラフ2:"epi-IDs""UPD-IDs"における、母親の年齢の影響】
プレスリリースのポイント
- 30歳以上の母親に対する生殖補助医療は、エピ変異によるインプリンティング疾患 (epi-IDs) のリスク因子となりますが、片親性ダイソミーによるインプリンティング疾患 (UPD-IDs) への影響は少ない事が分かりました。(グラフ1)
- 母親の高齢化はUPD-IDsのリスク因子となりますが、epi-IDsへの影響は少ない事が分かりました。(グラフ2)
- 本研究は、インプリンティング疾患の起こるメカニズムごとに、また生殖補助医療と母親の年齢というリスク因子をそれぞれ切り離して評価した世界で初めての研究成果です。
- インプリンティング疾患は希少疾患で数が少なく評価が難しいですが、当研究室は世界でも有数のインプリンティング疾患のバイオバンクを樹立しており、これによってはじめて本研究を実現する事が可能となりました。
背景
生殖補助医療は人工的な環境下で、卵子や精子、受精卵を操作することから、遺伝子の発現を制御するマーキングの異常を引き起こし、インプリンティング疾患の発症頻度を高めると報告されてきました。しかし、これまでの評価では、エピ変異(遺伝子発現のマーキングの異常)と片親性ダイソミー(一つの染色体が片親のみから受け継がれる染色体異常)のどちらを発症機序としたインプリンティング疾患なのか、また母親の年齢といった生殖補助医療における交絡因子による影響などは考慮されていませんでした。
そのため、本研究のようにインプリンティング疾患の起こるメカニズムを切り分け、さらに生殖補助医療の頻度と、母親の年齢のそれぞれにおいて疾患発症の影響を評価した成果が求められていました。
発表論文情報
タイトル:Risk assessment of assisted reproductive technology and parental age at childbirth for the development of uniparental disomy-mediated imprinting disorders caused by aneuploid gametes
著者:Kaori Hara-Isono1, 2, Keiko Matsubara1, Akie Nakamura1, 3, Shinichiro Sano1, 4, Takanobu Inoue1, Sayaka Kawashima1, Tomoko Fuke1, Kazuki Yamazawa1,5, Maki Fukami1, Tsutomu Ogata1, 6, 7, Masayo Kagami1
所属:
1) Department of Molecular Endocrinology, National Research Institute for Child Health and Development, Tokyo 157-8535, Japan
2) Department of Pediatrics, Keio University School of Medicine, Tokyo 160-8582, Japan
3) Department of Pediatrics, Hokkaido University Graduate School of Medicine, Sapporo 060-8648, Japan
4) Department of Endocrinology and Metabolism, Shizuoka Children's Hospital, Shizuoka, 420-8660, Japan
5) Medical Genetics Center, National Hospital Organization Tokyo Medical Center, Tokyo 152-8902, Japan
6) Department of Biochemistry, Hamamatsu University School of Medicine, Hamamatsu, 431-3192, Japan
7) Department of Pediatrics, Hamamatsu Medical Center, Hamamatsu, 432-8580, Japan
掲載誌:Clinical Epigenetics
DOI:10.1186/s13148-023-01494-w
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