ゲノム挿入型ウイルスベクターの発がん機序を解明 ~レトロウイルスベクターを用いた造血幹細胞遺伝子治療での 白血病発症機序の詳細な解析結果を報告~
国立成育医療研究センター(所在地:東京都世田谷区大蔵、理事長:五十嵐隆)、成育遺伝研究部の内山徹、小野寺雅史、免疫科の河合利尚、周産期病態研究部の中林一彦、宮崎大学小児科の布井博幸らの研究グループは、レトロウイルスベクターによる造血幹細胞遺伝子治療を受けた後に、骨髄異形成症候群(白血病の一型)を発症した患者における、詳細な白血病の発症機序を明らかにしました。
遺伝子細胞治療では、ベクター(遺伝子の運び屋)を使って患者細胞に正常遺伝子を組み込みます。本研究では、造血幹細胞遺伝子治療後に白血病(骨髄異形成症候群)を発症した慢性肉芽腫症注1患者の血液細胞を、細胞学的・遺伝学的に解析しました。その結果、がん化した細胞は使用したレトロウイルスベクターの組み込みに加え、がん抑制遺伝子であるWT1遺伝子の欠損が起こっており、この組み合わせにより細胞ががん化(白血病)したことが明らかとなりました。
今回、解明したがん化のメカニズムは、今後発展が期待されるゲノム編集技術を応用した遺伝子細胞治療において、より安全で有効な治療法の開発に生かされるものです。また、解析に用いた次世代シーケンサーを始めとする数多くの検査法は、今後、遺伝子細胞治療を受ける患者の安全性を評価する上で有用な解析系として利用できると考えています。
本研究成果は、遺伝子細胞治療における国際的な学術誌「Molecular Therapy」に掲載されました。
注1) 慢性肉芽腫症:慢性肉芽腫症は遺伝子異常を原因とする原発性免疫不全症の一種で、体内に侵入した細菌や真菌(カビ)を殺菌できないため、生まれた直後より重い感染症にかかる重篤な疾患です。治療としては他者からの造血幹細胞(血液の源の細胞)移植がありますが、ドナーが見つかりにくいことから自分の造血幹細胞に正常遺伝子を組み入れる遺伝子細胞治療が以前より行われています。
プレスリリースのポイント
- 原発性免疫不全症の中には、造血幹細胞を標的とする遺伝子細胞治療が有効な疾患が数多くあります。それは正常遺伝子を組み込んだ患者造血幹細胞が正常な免疫細胞を産生するからです。しかし、初期のレトロウイルスベクターによる遺伝子細胞治療では、一部の患者において白血病が発症しており、その原因として複数の因子が関与する多段階発がん機序が想定されています。
- レトロウイルスベクターによる造血幹細胞遺伝子治療を受けた患者のがん細胞を、次世代シーケンサーで解析したところ、使用したレトロウイルスベクターの組み込みに加えて、がん抑制遺伝子であるWT1遺伝子の欠損が起こっており、この組み合わせによって患者細胞ががん化(白血病)したことが明らかとなりました。
- さまざまな難治性遺伝性疾患に対し遺伝子細胞治療の有効性が報告されています。今後も開発と普及が進むと思われますが、より安全で有効な遺伝子細胞治療の開発のためには遺伝子細胞治療特有の副作用に対し、その発症の機序に基づく早期発見法と予防法が必要となっています。
背景・目的
原発性免疫不全症の一つである慢性肉芽腫症に対する、第一世代のベクターであるレトロウイルスベクターによる遺伝子細胞治療では、一部の患者では副作用として白血病の発症が報告されています。これは、染色体にウイルスベクターが組み込まれる際、近くにがん遺伝子が存在すると、そのがん遺伝子が活性化し、白血病を引き起こすためです。しかし、その発症時期は治療後3年から5年(長いもので15年)と時間が経ってからであり、遺伝子細胞治療におけるがん化には他の要因も必要であるとされ、そのメカニズムは複雑でいまだ解明されていません。また、現在、安全とされる第二世代のベクター(ヒト免疫不全ウイルス(HIV)由来のレンチウイルスベクター)が用いられていますが、白血病の発症が少ないながらも報告されています。ウイルスベクターによる白血病発症機序の全体像を把握することは、今後の安全な遺伝子細胞治療の開発に極めて重要な案件となっています。
今後の展望・発表者のコメント
レトロウイルスベクターによる白血病発症に関し、ベクターのゲノム組み込みを含めた多段階発症機序を明らかにしました。現在はより安全なレンチウイルスベクターが使用されていますが、遺伝子細胞治療におけるがん化(造腫瘍性)は最も重篤な副作用であり、今回のがん化のメカニズム解明は、遺伝子細胞治療におけるがん化の低減につながり、さらには患者の安全性評価法の確立にも大いに役立つと思われます。
発表論文情報
タイトル:Myelodysplasia after clonal hematopoiesis with APOBEC3-mediated CYBB inactivation in retroviral gene therapy for X-CGD.
執筆者:内山徹1、河合利尚2、中林一彦3、中澤裕美子2、後藤文洋2、岡村浩司4、西村豊樹5、加藤光次6、渡辺信之1、三浦茜1、安田徹1、安藤由希子1、峰岸知子1、枝澤佳織1、志村真里香1、秋葉由美1、水上知之7、佐藤藍子8,9、加藤元博8,9、赤司浩一6、布井博幸5、小野寺雅史1
所属:
1国立成育医療研究センター 成育遺伝研究部
2国立成育医療研究センター 小児内科系専門診療部
3国立成育医療研究センター 周産期病態研究部
4国立成育医療研究センター システム発生・再生医学研究部
5宮崎大学医学部 小児科
6九州大学医学部 病態修復内科
7国立病院機構熊本医療センター
8東京大学医学部小児科
9国立成育医療研究センター 小児血液・腫瘍研究部
掲載誌:Molecular Therapy
DOI:10.1016/j.ymthe.2023.09.004.
- 本件に関する取材連絡先
-
国立成育医療研究センター 企画戦略局 広報企画室
03-3416-0181(代表)
koho@ncchd.go.jp
月~金曜日(祝祭日を除く)9時〜17時
※医療関係者・報道関係者以外のお問い合わせは、受け付けておりません。