テンプル症候群(Temple症候群、TS14: OMIM 616222)
疾患概念
TS14は、14q32.2領域に存在するインプリンティング遺伝子の発現異常により発症する希少難病です。臨床像は胎児期から出生後も続く成長障害や筋緊張低下、小さな手足などを認めます。また、多くの患者で中枢性思春期早発症(central precocious puberty: CPP)を高頻度に伴います。さらに、肥満症、脂質異常症、糖尿病などを合併することがあります。
発症頻度
稀な疾患であり世界でも罹患者数や有病率はわかっていませんが、日本を含めた世界の11の診断機関でTS14と遺伝子診断された合計患者数は、2022年時点で284例と報告されました (Mackey et al. Clin Epigenetics. 2022)。
責任領域(14q32.2)について
14q.32.2領域には、父性発現を示すタンパクをコード遺伝子DLK1とRTL1、ならびに母性発現を示す多数の非コードRNA遺伝子が一群となって存在しています。領域内のインプリンティング遺伝子の発現制御はメチル化可変領域 (DMR)であるMEG3/DLK1:intergenic (IG)-DMRとMEG3:transcript start site (TSS)-DMRによって制御されています。それらはともに父由来のアレルでメチル化修飾を受けて母由来アレルではメチル化修飾を受けません。
責任領域の父性発現遺伝子であるDLK1は脂肪合成を阻害する負の調節因子であることが知られ (Traustadóttir et al. Cytokine and Growth Factor Reviews. 2019)、TS14患者の脂肪率の増加や脂質異常症の発症にはDLK1の発現消失が関係しいていると考えられます(Wang et al. Mol Cell Biol. 2010) 。また、家族性CPPからDLK1の機能喪失変異や遺伝子内微細欠失が同定され、DLK1は思春期の時期を制御するインプリンティング遺伝子であることもわかりました (Dauber et al. J Clin Endocrinol Metab. 2017)。Dlk1ノックアウトマウスにおいては、成長障害と肥満、筋肉低形成、脂質異常症を認めました (Traustadóttir et al. Cytokine and Growth Factor Reviews. 2019; Waddell et al. PLoS One. 2010) 。RTL1は胎児と胎盤の正常な発達に必要であり、Rtl1をノックアウトしたマウスでは筋肉の低形成がみられ(Kitazawa et al. Development. 2020)、筋肉の発育に影響していると考えられています。
図114q32.2インプリンティング領域
臨床像と臨床診断基準
14q32.2領域の父性発現遺伝子であるDLK1やRTL1の機能喪失がTS14の主な臨床像の原因と考えられています。胎児期から子宮内発育不全を指摘される症例を多く認め、出生時はSmall for gestational age(SGA)で出生する児が大多数です。出生後も、乳児期では低身長や低BMI、筋緊張低下に伴う哺乳不良を認め新生児期に経管栄養を一時的に必要とすることも少なくありません。筋緊張低下により定頸や一人座り、独歩など乳児期の運動発達が通常より遅れることが多いですが座位獲得後よりキャッチアップが進みます。認知発達についての知見としてIQ値を計測した既報は限られていますが、正常から正常より軽度遅れている範囲にある報告が多くなされています(Ioannides et al. J Med Genet. 2014; Kagami et al. Genet Med. 2017)。小児期から、肥満症、脂質異常症、糖尿病を合併することがあり、さらに、高頻度にCPPを伴うことが知られています。TS14の臨床像は、乳児期にはSilver-Russel症候群(SRS)やPrader-Willi症候群 (PWS)の臨床像と一部重複し、SRSやPWSの臨床診断基準を満たし遺伝子解析を行ったところTS14と診断がつくこともあります。以上から臨床症状のみでTS14を診断することは難しく、確定診断は遺伝子診断となります。
遺伝学的原因の分類
・14番染色体母性片親性ダイソミー(UPD(14)mat): 2本の14番染色体が共に母親に由来する
・エピ変異: 14q32.2領域を制御するメチル化可変領域であるIG-DMRとMEG3-DMRのメチル化異常(低メチル化)
・微小欠失: TS14の責任領域における父由来アレルの微小欠失
TS14では、父性発現遺伝子の発現消失、母性発現遺伝子の過剰発現が生じます(図1)。当研究室で2023年までに遺伝子解析したTS14の遺伝学的原因はUPD(14)mat 53.5%で最も多く、エピ変異37.9%、欠失8.6%でした。
遺伝子診断法および遺伝学的診断基準
コピー数異常を検査する方法としてマイクロアレイ染色体検査(CGH法)が保険適応ですが、大部分がメチル化異常をきたすためスクリーニング検査として国立成育医療研究センター衛星検査センターで行っているメチル化異常とコピー数異常を同時に同定できるMS-MLPA(非保険)を推奨します。TS14の責任領域に存在するメチル化可変領域であるIG-DMRとMEG3-DMRの低メチル化を認める場合TS14と診断されます。IG-DMRとMEG3-DMRの低メチル化を認めTS14と診断された場合、さらなる遺伝学的原因の検索として両親および患者のgenomic DNAを用いた14番染色体上のCAリピート多型の親由来を調べるマイクロサテライトマーカー解析(非保険)を行います。患者の14番染色体のCAリピート多型が母由来であればUPD (14)matと診断され、両親由来であれば構造異常の有無をMS-MLPAやアレイCGHで確認できます。
遺伝子解析のフローチャート
管理・治療法
治療法は対症療法が中心となります。
低身長
出生前の成長障害に続き出生後も成長障害を認めることが多く、SGA性低身長症(出産時の身長と体重が妊娠週数に比べて小さく生まれ、3歳になっても低身長の程度が強く診断基準を満たす場合)には成長ホルモン製剤投与の保険適応となります。成長ホルモン製剤の投与により成長率の改善や成人身長の予後を改善できる可能性がありますが、TS14における成長ホルモンの効果を示す既報は限られています(Prasasya et al. Hum Mol Genet. 2020)。
中枢性思春期早発症
通常より思春期が発来するタイミングが早いCPPは、86%のTS14患者で認められ (Ioannides et al. J Med Genet. 2014)、TS14ではCPPを発症することが非常に多いです。思春期早発症は、思春期兆候(女児の場合は乳房発育、陰毛発生、月経;男児の場合は精巣発育、陰毛発生、腋毛、ひげや変声)が通常より早く発来し、年齢不相応な身長の伸び、骨成熟の明らかな進行などにより診断されます。通常より思春期が早く起こることは最終的な成人身長にも影響することがあります。CPPの治療は性腺刺激ホルモン放出ホルモンアナログを、おおむね4週間に一回病院で投与し、中枢からの思春期の指令をブロックすることで一時的に思春期発育を進まないようにします。
肥満症
肥満症は以下に述べる脂質異常症や2型糖尿病の発症リスクとなりTS14ではDLK1の発現消失により肥満が関係していると考えられるため、日頃から肥満にならないよう予防することが大切です。乳児期から青年期の発育過程の場合、肥満症や過体重の基準はBMI絶対値だけでは見逃しやすく、定期的に体格を成長曲線やBMI曲線、肥満度曲線から評価していくことが重要になります。
脂質異常症、2型糖尿病
高コレステロール血症や高LDLコレステロール血症、ならびに高トリグリセライド血症などの脂質異常症や糖尿病を発症するリスクがあり、若い年齢で肥満症を伴わずにそれらを発症することもあります(Kayashima et al. Am J Med Genet. 2002)。早期発見のため、定期的に血液検査でデータを確認することが重要です。それらを発症した場合には一般的な管理に準じて食事指導や運動療法に加え内服治療などの必要性を考慮します。
予後
稀な疾患であるため年長児や成人症例の報告は限られており、長期の臨床像はあまりわかっていないため長期予後解明のために症例の集積が必要です。
リンク
・難病情報センター 14番染色体母親性ダイソミー(Temple症候群)
https://www.nanbyou.or.jp/entry/2406
コンセンサスガイドライン
現時点ではまだ存在しません。
患者会
患者会は今のところ存在しません。