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この人に聞く Donald Frush先生インタビュー
左より宮嵜 治、Dr. Donald Frush、前田 恵理子、Dragon City Seoul(ソウル、韓国)
アジアオセアニア小児放射線学会(AOSPR)にて、2019年9月27日
Donald Frush先生は、米国の小児医療被ばく低減キャンペーンであるImage Gentlyの創始者の一人で、同代表を務めるスタンフォード大学の放射線科教授です。PIJON(Pediatric Imaging Justification and Optimization Network)が目指すところは日本版Image Gentlyに非常に近いため、Image Gentlyの紹介を兼ねてDonald Frush先生にインタビューしました。
(聞き手は国立成育医療研究センター 放射線診療部 宮嵜 治と東京大学医学部附属病院放射線科 前田 恵理子です。)
国際社会におけるImage Gentlyの位置づけ
前田:本日はお時間ありがとうございます。Image Gentlyのような活動を日本で開始するにあたって、Image Gentlyそのものについて学びたいと思います。まず、Image Gentlyの設立と発展の経緯について教えてください。
Frush先生:Image Gentlyの準備が始まったのは2006年、あるいはもう少し前ですが、実際に設立されたのは2007年です。当時は本当に小さな組織で、名前も違いましたが、4つの学会と共同で組織が発足する際に、より親しみやすくわかりやすい活動を目指して、Image Gentlyと名前を変えました。
宮嵜:発足から13年が経過しました。現在の参加アライアンス国、加盟団体の数はおよそどのくらいでしょうか?
Frush先生:世界中から常時120-130程度の団体がアライアンス関係となっています。その約1/3が北米外のメンバーで、おそらく全世界で150-200万人ほどのメンバーが、アライアンス関係にある学会を通じて活動に参加していると思います。重要なのは、放射線科医や診療放射線技師だけでなく、外科医、看護師など、小児の放射線検査に関わるすべての職種が積極的に参加していることです。小児の検査においては、不安を取り除き、子供たちのケアをするために、看護師の参加は特に重要です。国や地域の数としては、正確に数えたことはありませんが、40-50くらいではないでしょうか。
前田:大変に大きな活動ですね。参加者はどのような地域が一番多いのでしょう。北米は断然多いはずですので、1/3を占めるインターナショナルメンバーについて伺います。
Frush先生:最近特に積極的な参加があるのが、中南米の各国です。次いでヨーロッパが多いですね。中東からも参加があります。残念ながら、アジアの国々の参加は少ないです。もしかしたら言語の問題はあるかもしれません。
宮嵜:日本からは2017年に小児放射線学会、2018年に放射線専門医会が加入しました。アジアオセアニア小児放射線学会(AOSPR)は2008年から加入しています。確かにアジアオセアニア地区、特に東アジアからの参加は少ない印象があります。
Frush先生:入っても経済的なメリットはないですし、何より皆さんImage Gentlyをご存じないのでしょう。国内のネットワークが出来上がっていると、たいていのことは国内の放射線科医同士で解決してしまうでしょうし。ラテンアメリカの国々は、Image Gentlyにおけるプレゼンスをずいぶん高めましたが、その裏には私が熱心に招待状を送ったりして勧誘した事実があります。
前田:Image Gentlyのホームページを翻訳している国はあるのですか?
Frush先生:一部のコンテンツ、特にポスターは、8か国から10か国語に翻訳しており、保護者向けの説明文書は30か国語に翻訳されています。我々も、翻訳が課題であることは理解しており、積極的に翻訳を進めたいと考えています。ただ、労力が足りません。我々としては、我々のコンテンツを各国語に翻訳していただくのはウェルカムなのですが、Image Gentlyは100ページ余りの内容がありますので、全部を翻訳するのは無理があるでしょう。
インタビュー中、Dr. Donald Frushに宮嵜が開設準備中のPIJONの説明をしているところです。
写真はPIJONのロゴマークの候補の中からどれが適しているかを相談中。
Image Gentlyの運営について
宮嵜:Image Gentlyはずいぶん大きなプロジェクトです。何名のスタッフが関わっているのでしょうか?専従スタッフはいますか?
Frush先生:実は、給与をもらって働いているのは、秘書のロビン・ユーチャックさんだけです。彼女は様々なアレンジメントをしたり、ウェブサイトを管理したり、とても優秀なスタッフです。意思決定をする運営委員会は、20人のボランティアで成り立っており、皆さん仕事の合間にImage Gentlyのために力を注いでくれています。各グループの執筆メンバーまで合わせると、100名くらいが関わっているのではないでしょうか。
宮嵜・前田:そんなに少ない人数で、あれだけのプロジェクトを回しているのですね!!
Frush先生:Webベースの活動をするのに、巨大な組織は必要ありません。
前田:創立時はもっと小さいグループだったと伺っています。ここまでワールドワイドに活動を広げることができたのはなぜでしょう?
Frush先生:我々は、医療放射線の正しい使い方を啓蒙するための、様々なリソースを提供しています。正しい情報をひたすら提供するのみです。あらゆるステークホルダーに中立でいるために、メーカーや個人からの寄付は受け取っていません。アライアンスメンバーになることができるのは、学会などの学術団体のみです。学術団体であれば、その規模は問いません。数人で始めたごく小規模な活動でしたが、このような活動姿勢と活動内容に共感する人がたくさんいて、活動を拡大することができてきました。
前田:素晴らしいことです。活動資金はどこから得ているのですか?
Frush先生:Image Gentlyが発足する際に、アメリカ放射線協会(American College of Radiology;ACR)、アメリカ放射線技術学会(American Society of Radiation Technology;ASRT)、アメリカ医学物理士会(American Association of Physicist in Medicine)、北米小児放射線学会(Society for Pediatric Radiology;SPR)の4団体がFounding memberとなっており、以来継続して資金提供を受けています。資金だけではありません。ACRはサーバーを提供し、法律相談の窓口となっています。ASRTは、ウェブサイトや、我々の美しいポスターのデザイン(図1)を担当してくれています。我々のウェブサイトのプラットフォームはSPRと共通化しており、またSPRは事務局を手伝ってくれています。資金だけでなく、学会によるこうした労力の提供も大変ありがたいものです。それでも、寄付が全くなくても2年間は活動を継続できる程度の蓄えは保有しています。
図1:Image Gentlyのポスターの一例(小児心疾患の被ばく低減キャンペーン"Have a heart")
Image Gentlyでは過去に複数のキャンペーンテーマがあり、それぞれについて図1のような洗練されたデザインのポスターが作成されています。医療者のみならず一般の方も理解できるように医学専門用語は避け、分かりやすい文章で呼びかけています。
Image Gentlyの活動について
前田:Image Gentlyは被ばく低減のための調査を行ったりしていますか。経年的な被ばくの調査の経験はありますか?
Frush先生:我々は調査機関ではないので、我々自身で線量調査を行うことはありません。しかし、科学者が研究を行う際に、調査項目の適切性などについてアドバイスを行うことで、協働することはよくあります。協働する相手は、大学や個人ではなく学会単位になることが多いですね。
前田:そうですよね。Image Gentlyは放射線防護(Radiological protection)の普及を第一の目的にしていますものね。
Frush先生:実のところ、被ばく低減、あるいは放射線防護、という言葉はあまりよくありません。防護、ということは、放射線のリスクを強調します。しかし、放射線は大変有益で、いたずらに怖がる必要はないものです。必要な放射線量まで削ったために、見えるものも見えなくなるのは一番困ります。最近では、目的と照らし合わせると、放射線を減らしすぎているほうが問題になるケースがあります。重要なのは、小児の医療放射線について十分説明を行ったうえで、放射線を正しい目的に対して正しい量を使うことです。
前田:日本では、まだまだ高すぎる線量を是正する場面のほうが多いです。
Frush先生:日本のように、放射線に対する社会の理解が、深く、悲劇的な歴史と結びついている国では、ある局面においては特別な配慮を要するかもしれません。でも、社会的背景に立ち入ることはImage Gentlyの仕事ではありません。我々は、常に正しい知識を提供するのみです。
宮嵜:知識の提供についてですが、放射線科医以外の医師や職種の団体との連携に課題はありますか?
Fresh:そうですね。今課題に感じているのは循環器内科医との連携です。心臓カテーテル検査は実施頻度が高く、また被ばくが多い検査なので重要ですが、Image Gentlyはコンテンツを用意できていません。彼らは独立心が強いですから、なかなかうまく協働できません。一方、うまく協働できている分野もあります。その代表格が、歯科放射線です。最近の歯科では、単純X線撮影だけでなく、歯科用CTをよく使うようになりました。CTは解剖学的構造が非常に仔細に見えますが、受診者の多くが市井の人々ですから、病院で用いる放射線検査に比べてずっと普遍性があるモダリティーです。そして子供が受ける機会も一番多い検査です。健常者に対して行う検査ですので、十分な最適化を行う必要がありますが、幸い歯科領域では業界団体との連携がうまくいっています。
前田:ありがとうございます。それでは、北米放射線学会(Radiological Society of North America;RSNA)、国際放射線防護委員会(International Committee for Radiological Protection;ICRP)、米国政府(米国食品薬品局、Food and Drug Administration;FDA)や世界保健機構(World Health Organization;WHO)などとはどのように連携していますか?
Frush先生:RSNAはImage Gentlyのアライアンスメンバーではありますが、Founding memberの4団体に比べると、あまり連携がありません。ICRPとは小児の放射線検査や放射線防護について、緊密に連携しています。FDAや国際原子力機関(International Atomic Energy Association;IAEA)とは、環境被ばくや医療被ばくについて多くの照会があり、対応しています。WHOには小児における医療放射線の利用について多くの情報を提供し、緊密に連携しています。
最後に
宮嵜:これから、国立成育医療研究センターでPIJONプロジェクトを始めようとしています。Image Gentlyに比べて規模は小さいのですが、PIJON立ち上げに寄せて、ひとことメッセージをくだされば幸いです。
Frush先生:一言では済まないもしれません(笑)。PIJONプロジェクトのお話を伺って、私はとてもわくわくしています。ウェブサイトの中身を執筆するには、相当の誠実な努力を重ねる必要があるでしょう。Image Gentlyとしてもできる限りの協力を惜しまないつもりです。でも、それにより満足に、正しく、小児の検査が行われるようになるでしょうし、小児医療は成人医療の延長線上ではできない、非常に専門性が高い領域であることが国民に広く理解されるに違いありません。何といっても、日本は世界のどこよりも高い技術を持った国です。その国で、高い専門性だけでなくリスクの側面も含めて、小児の放射線検査について包括的なポートフォリオを提供する、PIJONプロジェクトが立ち上がることは素晴らしいことです。成功を耳にするのが、今から本当に楽しみです。
宮嵜・前田:本日は貴重なお話をありがとうございました。
編集後記
Frush先生は大変ご高名な先生ですので、私はインタビューの前はかなり緊張していました。ところが先生は、まったく威圧感がなく、温かく、とても気さくで、すっかりファンになってしまいました。小児放射線の適正利用に関して、あらゆる国際機関や世界中の小児放射線学会に助言を行うImage Gentlyが、たった20人の、しかもボランティアの運営メンバーに支えられていることには、大きな衝撃を受けました。同時に、小さな運営組織でもウェブベースの啓蒙活動で世界を大きく動かすことができるという事実は、これからPIJONを運営する我々にとって大きな希望にもなりました。
Frush先生のお墨付きも得られましたので、Image Gentlyとうまく連携しながら、PIJONの活動を進めていきたいと思います。
インタビューは2019年9月27日、Dragon City Seoul(ソウル、韓国)で行われたアジアオセアニア小児放射線学会(AOSPR)の会期中に実施しました。