- トップ
- > 国立成育医療研究センターについて
- > 主な取り組み
- > こどもの医療被ばくを考えるサイト PIJON
- > お楽しみ
- > この人に聞く Joanna Kasznia-Brown先生 来日講演
この人に聞く Joanna Kasznia-Brown先生 来日講演
小児腹部および骨盤X線撮影における性腺シールド - 新しい傾向と現在の方針
2022年4月16日、第78回日本放射線技術学会総会学術大会 海外招待講演において英国ブリストル大学のJoanna Kasznia-Brown先生をお招きし、現在世界中の小児放射線分野でホットな話題であるX線撮影時の生殖腺防護の中止についてのレクチャーがありました。
過去3回の「この人に聞く」は小児放射線被ばくのエキスパートの先生のロングインタビューの形式でしたが、今回の企画は学会講演内容の抜粋、イギリスでの現状の紹介や講演終了後のパーソナルな会話の内容など、コロナ禍にもかかわらず来日してくださったJoanna Kasznia-Brown先生をご紹介します。
レポートはPIJONの代表である国立成育医療研究センター 放射線診療部の宮嵜 治と、同じくPIJONの設立メンバーである川崎医療福祉大学の竹井泰孝が担当します。
Joanna Kasznia-Brown先生は、現在WFPI(World Federation of Pediatric Imaging)のプレジデントをされている世界的な小児放射線医学界のリーダーです(WFPIのミッションは子供たちのたちのための放射線の安全と保護、より低い資源環境でのアウトリーチと研究、情報、資源の提供を担っています)
Joanna Kasznia-Brown先生の講演は、先生の講演の前半部分で、過去70年間、全世界的に行われてきた小児股関節撮影時の生殖腺防護の歴史を振り返り教えていただきました。
小児股関節撮影における生殖腺防護の歴史的な流れ
- 60-70年前のX線撮影機器は現在のものに比し性能が劣り、撮影時の被ばく線量ははるかに高いものであった
- 第二次世界大戦での広島、長崎の原子爆弾の経験などより、放射線被ばくにより遺伝子が損傷されるという危惧があった
- 国際放射線防護委員会(ICRP)から発表された生殖腺に対する放射線による臓器や疽起始の放射線感受性やがんの致死率等を考慮して定められた組織加重係数が0.2と高かった
これらの理由により小児股関節X線撮影時の生殖腺防護が行われてきたのですが、近年のさまざまな研究により1については技術革新により比べ物にならないほど低線量での撮影が行われ、2.その後の研究により、X線被ばくの遺伝的影響は確固たる証拠がないということがわかり、3. ICRPは生殖腺の組織加重係数を0.08まで下げています。
これらのことがだんだんわかり状況が変化してきました。
また最近の調査では防護板が正しく卵巣の位置をカバーしているかが疑問であり、実際には正確に防護されていない場合も多いことが指摘されています。さらに不適切な防護板の使用による再撮影の事象が発生したり、X線撮影の被ばくを最適な量に調整する自動線量調節機能が意図しない動作をしてしまうことで、かえって被ばく線量が増えてしまう場合があることがわかってきました。つまりメリットがないだけではなく、その弊害もあるということが認知されてきました。
6歳女児 股関節炎が疑われ撮影された骨盤の単純X線撮影
骨盤の中央に見える白い部分が生殖腺の防護板です。このような防護板の使用が過去70年間世界中で行われてきた歴史があります。
各種の生殖腺防護板
左の棒状のものが男児の精巣遮へい用、右の板状のものが女児の卵巣遮へい板です。診療放射線技師は患児の体格に合わせ過去の画像も参照にしながら生殖腺防護板を選択しています。
生殖腺防護の習慣を是正する英国の動き
このような状況の中、北米を中心に現在、世界的に小児股関節撮影時の生殖腺防護の中止のキャンペーンが行われています。英国でもこの流れを受け、英国放射線学会 BIR(British Institute of Radiology)は2020年3月に生殖腺防護の撤廃についてのガイドラインを発表しました(Guidance on using shielding on patients for diagnostic radiology applications)。このガイドラインでは"入手可能な科学的根拠に基づき、診断や画像下治療(IVR)での生殖腺の防護は一般的に必要とされない"と結論付けしています。
ただし過去70年間も行ってきた習慣を変えるにあたり、英国放射線学会BIR(British Institute of Radiology)、英国医学物理工学研究所Institute of Physics and Engineering in Medicine (IPEM), 英国公衆衛生庁Public Health England (PHE), 英国王立放射線科専門医会Royal College of Radiologists (RCR), 英国放射線技師会Society and College of Radiographers (SCoR)、放射線防護協会Society for Radiological Protection (SRP)の6つの公的な組織が充分に検討し、この難しい問題を専門家集団として一丸となって対応してきたとのことでした。
日本における現状と未来
日本では現在、この問題を吟味している段階であり、今後どのような展開になるかは、いまだ未定です。患児の両親に対してどのように説明するか、この情報をどのように一般の方々に説明するか、解決すべき問題は数多くあります。
例えば、「前回は防護したのに、なぜ今度は防護しないのか」、「撮影する診療放射線技師は防護エプロンしているのに子どもを防護しないのはなぜか」、「歯科では子どもを防護するのに、ここでは防護しないのはなぜか」というご両親の疑問に対し、説得力のある回答を準備する必要があります。
また撮影を担当する診療放射線技師の心理面や家族や本人との接し方などをサポートするための公的なガイドラインや提言、リスクコミュニケーションの手本などが必要であると思われます。
Joanna先生は講演の質疑応答の中で、啓蒙活動にはTV、新聞、インターネット、SNSなどを利用し、情報を拡散する方法などを推奨されていました。
この第78回日本放射線技術学会総会学術大会のJoanna先生の講演のあと、それに引き続く形で放射線防護部会主催の教育講演『生殖腺防護の要否に関するエビデンス』について環境科学技術研究所 理事長の島田 義也先生による講演があり、さらに第54回放射線防護部会・放射線防護フォーラム合同企画 『小児股関節撮影における生殖腺防護』シンポジウムが行われました。
今後数年の間に我が国においても、生殖腺防護の撤廃についての活発な討論が進んでいくことと思います。
編集後記
Joanna先生はJSRT2022の講演のため、ドバイ経由で14時間のフライトを経て、英国よりお越しいただきました。ご存じのように世界的な新型コロナウィルス感染の拡大に伴う外国人の入国規制やウクライナ情勢などの影響もあり、今回の講演自体が中止にならないか心配しておりました。しかし大会直前に外国人の入国規制が緩和されたため、Joanna先生の来日が実現しました。これは先月に急逝された東京大学の前田恵理子先生が起こしてくれた奇跡だと思っています。
Joanna先生はWFPIの会長であり、さらにIAEA(国際原子力機関)やWHO(世界保健機構)でもご活躍の先生であり、小児の放射線防護分野では世界トップレベルの研究者です。またWHOのRadiation risk communication to improve benefit-risk dialogue in paediatric imagingでは世界でも名だたる講師陣の1人とし参加されており、前述の前田先生はアジア地区で唯一のセミナー修了者でした。
前田先生はこれからアジア地区の医療被ばくリスクコミュニケーターのリーダーとして活躍が期待されていたこともあり、生前、前田先生からJoanna先生との親交が深かったと伺っています。
今回の海外招聘講演はJoanna先生と親交の深かった前田先生を通じて講演を依頼しただけでなく、当日は座長をご担当していただく予定でしたが、残念ながらお二人が直接の対面することは叶いませんでした。しかし私たちは前田先生を起点とした繋がりが無かったらJoanna先生と直接対面し、お話を伺う機会を得ることは絶対にありませんでした。
Joanna先生は小児放射線医学界で大変高名な先生ですが、今回の来日で横浜の夜景がとても気に入られたそうで、時間を見てはみなとみらい地区の写真を撮っていたと、とても気さくに話してくださる素敵な先生でした。
前田先生が繋いでくれたこのご縁に感謝しています。
講演後にJoanna先生と談笑するレポーター
(左:宮嵜 治(国立成育医療研究センター 放射線診療部)、右:竹井 泰孝(川崎医療福祉大学 医療技術学部 診療放射線技術学科))